ゆとりターミナル

始発から終点へのモーフィング

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はじめまして、ゆとり(@mose_cat)です。

 

ここはポケモン以外のことを不定期で更新するブログです。 

 

 

 

 

ポケモンのこと

東:紳士淑女の嗜み

西:?

 

・音楽のこと

南:ゆとりステーション

お手伝いさせていただいていたボカロPさんの都合で本家の楽曲及びその動画のほとんどを削除せざるを得ない状況になってしまいました。消えてしまったものについては歌ってみたなど、他の方がアップロードされている二次創作でお楽しみください。

北:?

 

 

砂つぶ


砂つぶ


砂つぶが階段を一段一段登ってくる。夜になると、柔らかな足音を立てて、決して忍ばず、着実に、しかし不規則に登ってくる。やがて砂つぶは立ち止まるのだが、この頃合いもまた不規則である。一晩中登り続けることもあれば、二、三歩進んだところでその歩みを止めてしまうこともある。いずれにせよ、それはたしかに砂つぶであることは間違いないのだが、透明な中空の容器に入れられて、重力の法則に従い、垂直に落下する砂つぶではない。ましてや、公園の砂場に行けば余るほど満ち足りている、あの砂つぶでもない。この十二階建ての団地の中心に走る階段を一段一段登ってくる砂つぶである。

これに気づいたのは、思慮分別のある、かしこい大人たちではない。そうではなくて、二階に住む下品で無知な小娘であった。ある晩、みんなが眠りについた夜更けに、その小娘はそれに気づいた。しばらくするうちにどうにも抑えきれず、一階の大家の家の呼び鈴を鳴らした。大家は「こんな夜更けに呼び鈴を鳴らすなんて、一体どれほど非常識な人間が今、扉の向こうにいるのだろう。出てやるものか。」と憤ったが、その後で「何か特別な事情があるのかもしれない」という考えに至り、結局玄関の鍵を開けた。
「夜遅くにすみません、砂つぶが階段を登る音が聞こえるのです。」
「…気でも狂ったのか?さては、酒に酔っているのか?まったく…」
大家は忌々しそうに言った。
「いえ、そうではなくて…」
「そもそもこんな夜遅くに何をしていたんだ。さては、盗みを働いていたな?以前から閉めたはずの酒樽の蓋が不自然に開いていたんだ!上階に住む何人かも、瓶の中のぶどう酒が朝になると減っていたと言っていた!」
そこまで言うと、小娘の姿はもうそこには無かった。大家はいい加減、あの下女をいつこの団地から追い出そうか、ということを考え始めていた。ひどく腹を立てて終いには呆れ、しかし、そうは言っても数十分も経てば好奇心に負けて、玄関の扉に耳を押し当てた。

下女の戯言であった。しかし、そうだとしても退屈した住民の興味を駆り立てるには十分であった。瞬く間にその噂は広まり、今や、夜の帳が下りると、暗がりの中で、たくさんの耳が、峙つのだった。

夜になると砂つぶが階段を登りはじめる。これといった法則はないようで、歩みを始める時間、歩みを終える時間、歩みを進めるスピードなどは、日によって異なるらしい。歩みを進めるスピードが極端に早い日には、その柔らかい足音の正体がついには戸口を叩くのではないかと、住民たちの鼓動はよりいっそうはやくなった。そして何事もなく朝を迎えると、やはり大丈夫であった、などと口々に言うのである。足音が止んで朝日が昇ると、途端に人々は獰猛になる。数時間前までは些細な足音に怯えていたとしてもだ。
ある日、私は階段を注意深く観察してみたが、砂つぶが登ったような痕跡は残っていなかった。いや、わずかに砂つぶは落ちているのだが、それはここの住民の蹠が持ち込んだものであると考えるべきであり、階段に砂つぶが落ちているなどということは至極当然である。
また、二階に住む者は安堵していることを私は知っている。みんながその砂つぶを意識し始めてから二週間が経ったのだが、もうその足音は二階を通り越したようなのだ。二階に住む者たちは、まるで大きな困難を乗り越えたかのような達成感すら覚えていた。しかし、砂つぶが毎夜一階から異なるスピードで階段を登っているのか、前日のものを引き継いで途中から登りはじめるのか、誰も知らなかった。
最初のうちは七階に住む私のところへ足音は全く聞こえてこなかった。しかし三日前から砂つぶが階段を登る音が聞こえるようになったのである。
二階に住む者たちの見立てはやはり正しかったのだろうか?彼らは、自分たちはこのことについて、はじめから無関係であったかのような態度で、穏やかな日々を再開している。昨夜までの狼狽が嘘のようである。
そういえば、階段から離れた部屋に住む者は幸福なのだろうか?いや、決してそんなことはない。階段の踊り場から遠い、奥まった部屋で寝ていても、何の役にも立たなかった。むしろ音がするかどうかと疑いながら夜を過ごすよりも、それが聞こえる方がましだった。奥まった部屋に住む者は夜になると、時折そっと廊下を忍んで行って、寒い限界の扉に耳を押し当てて、息を押し殺して、聞き耳を立てるのだ。もしその音が聞こえると、曰く言い難い恐怖にとらわれて、もうそこを離れることはできない。だが、もしなんの物音も聞こえないと、いっそう具合が悪かった。その場合には、寝床に戻ったその瞬間にその音が始まるかも知れないからである。

しかしなんと異様な夜の一部始終だろう。誰かに不平不満を言うことも、何か手立てを講じる術も、安らかに眠るための陽気な解釈をすることもできないのである。ただ夜の暗闇の中でじっと耐えているしかない。あまりにも馬鹿馬鹿しいことなので、このことについて誰かに相談を持ちかけることすら憚られる。そんな状況になっても尚、かしこい大人たちは考える。苛立ちながらも自問自答する。
-毎夜、階段を彷徨くこの砂つぶは一体なんなんだろうか。みんなはそれを砂つぶと呼んでいるが、何か別のものを例えているのではないだろうか。
例えば、それは死か何かではないだろうか?砂といえば、砂漠を連想する人もいるだろう。思えばこの理不尽な状況は、死の恐怖とよく似ているではないか。
もしくは時間か何かだろうか?砂といえば、砂時計を連想する人もいるだろう。毎夜過ぎ行く歳月でも象徴しているのだろうか。
はたまた、幻か何かだろうか?風に吹かれれば消えてしまうような何か…。
しかし、恐らく、どれでもないのだ。それは紛れもなくただの砂つぶなのだ。しかし、だからこそ、人はその砂つぶだということだけがわかっている何かに恐怖するのである。




あとがき

大人と子供の区別はとても難しいものだとは思いますが、くだらないことや些細なものに理由を求めるようになったら立派な大人だと思ったので、このようなものを書きました。
言葉選びや推敲が甘いかもしれません…。

オススメのバンド 各五選

 

わたしのオススメのバンド紹介です。

の四種類にわけて紹介します。

一応メジャーどころは避けているつもりです。

ひとつでも気にいるものがあれば、と思います。 

 

 

・女性ボーカル系

 

sora tobu sakana 

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SHE IS SUMMER

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ラブリーサマーちゃん

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DAOKO

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ORESAMA

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・バンド系 

 

JYOCHO

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宇宙コンビニ

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Tricot

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People In The Box

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the cabs

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・インスト系

 

toe

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rega

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ハイスイノナサ

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LITE

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Nuito

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・海外アーティスト

 

Tangled Hair

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Their/They're/There

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This Town Needs Guns

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Enemies

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Owen

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空っぽの鞄


私はよく空っぽの鞄を持ち歩いている。正確には持ち歩いていたと言うべきか。何か持っていないとなんとなく落ち着かない性分であり、また手ぶらで出歩くことになんとなくきまりの悪さを感じるからである。かといって、ないと困るというほどのたいそうなものではない。もし家に忘れてきてしまっても何も問題はない。それは決して人に見せびらかすようなものではないため、落ち着いた配色でシンプルなデザインをしていた。
さて、私がこの空っぽの鞄を持ち歩くようになったのは、高等学校に入学して間も無く、ちょうど今から十数年前の六月ごろだ。初めはこんな馬鹿馬鹿しいものが一体何の役に立つのだと、鏡の向こうの自分を指差して嘲笑するほどだったが、それから間も無く、これの持つ素晴らしい効果に魅せられ、常に持ち歩くようになった。というのも、同じく空っぽの鞄を持ち歩く人間がいたのである。それも一人や二人ではなく大勢だ。インターネット上にもそうした人間は数多くいるようで、その行為が何ら恥ずべきものではないという事を他者を通じて確認し、同志らと交流を深めるまでに至った。それからしばらくの日々は私の生きた人生のうちで最も享楽的で、最も怠惰な時間だったように思う。
ある日、当時親交の深かったQという男が、まるで初対面の相手に尋ねるように「君の持つ鞄の中身はなんなんだ?」と聞いてきた。鞄の中身が空であることを知っている友人から、まさかこのようなことを聞かれるとは思ってもみなかったので、私はひどく動揺した。なんでも、こうした問いかけが流行しているらしかった。人の鞄の中身を問いただしたり、こうあるべきだなどと理想像を押し付けたりする者もいたほどだ。日夜、空っぽの鞄の中身について議論し、それをめぐる争いまで起きた。私はこの空っぽの鞄の中身論争にひどく嫌気がさしていたが、これまでの楽しかった日々を思い出すたびに「私にはこれしかないのだ」という気持ちが沸き起こり、いつまでもそれを手放せないでいた。
しかし二十二を越えた頃から、私の持つこの鞄が空っぽであることを皆に見透かされているような気持ちがおこりはじめた。友人に街中でばったり出会ったときには、空っぽの鞄をどこかに捨ててしまいたいという感情に駆られた。そうして私はかつては信仰し、没頭し、敬愛した空っぽの鞄に違和感すら覚えるようになってしまったのだ。毎晩耳元で、「君の持つ鞄の中身が一体何なのか、いやそもそも中身なんてものがそこにあるのかどうかさえ知らないが、いい加減そんなものを持ち歩くのはやめなさい。」と囁く声が聞こえるのだ。そうした杞憂ともとれる些細な感情の乱れから、空っぽの鞄を持ち歩くことに痛烈な恥ずかしさを覚えるようになり、私はついにそれをやめてしまった。
その日を境に、私は鞄の中に様々な荷物を詰め込むようになった。いつ誰にその中身を見られても恥ずかしくないように、ノートパソコン、ミネラルウォーター、著名な作家の本、折り畳み傘、ハンドタオル、重要な書類、など、平凡や典型という言葉を具現化したようなものをできる限り詰め込んだ。いつの間にか鞄はパンパンに膨れ上がり、私をひどく疲れさせるようになった。しかしそれでよかった。手持ちの荷物が少しばかり重たいという穏やかな不幸に足首くらいまで浸かりながら、日々を過ごす方がずっと気持ちが良かった。そうして私は空っぽの鞄を無くしてしまったのである。
趣味とは空っぽの鞄のようなものだと思う。空っぽの鞄だけを頼りに歩き続けることはとても難しい。


印象的だったアニソンOP/ED 五選

 

僕は恐らく2010年頃からアニメを見始め、2012年頃から毎クール5作品ほど見るようになったのですが、当時からアニメと同じくらいOP・EDの楽曲を楽しみにしていました。かつてはそういう方面のアレを色々していたのでまあ仕方ないよね。

また、数年前から少しマイナーなバンドがアニメのOP・EDとしてタイアップするケースが増えてきていますね。凛として時雨UNISON SQUARE GARDENcinema staffシナリオアートPeople In The Box、元the cabsの高橋國光さんとハイスイノナサの鎌野さんによるösterreichなど、どれも実際にライブを見に行ったことがあるくらいには好きなバンドたちです。

まあそういうバンドの楽曲を紹介するのも、もちろんそれはそれで良いのですが、今回は声優の方が歌っているものの中で未だに僕の記憶に鮮明に残っている、言うなればバンドも顔負けのアニソンをピックアップして紹介したいと思います。

あとこれは完全に個人的な好みなのですが、どれもバンドサウンドに近いものが中心になっています。聴いてみてください。僕のコメントは無視してください。

それから一応音源はできるだけ公式のものをもってきているので、短かったりすると思いますが、フルが聴きたい場合は各自でお願いします。

 

 

1.チーム“ハナヤマタ”/花ハ踊レヤいろはにほ

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借用和音、代理和音、増三和音、減三和音など多種多様な和音が用いられておりその響きが切ない、それでいて非常にキャッチーでポップな曲です。

またイントロのメロディとサビのメロディは同じなのにコード自体は転調しているという・・・こういう曲はかなり珍しいのではないかと思います。

ドラムもサビでバスが四つ打ち、ハイハットもスネアも表拍でとらえてるのが和風で良いです。こういうの何て言うのか忘れました。細かいところなんですけど、A・Bメロのハイハットのちょっとしたアクセントもツボです。

 

2.雀が原中学卓球部/灼熱スイッチ

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サビの頭がオーギュメントコードから始まっていて、聞いたことのない響きで最初はびっくりしました(Gaug/Fかな?)。Aメロではルート音のみを固定して構成音を変える(?)手法、Bメロではルート音のみを移動していくという手法もとられています。

ドラムについてもサビの食い気味のシンコペーションが疾走感を演出してて最高です。

先に紹介した「花ハ踊レヤいろはにほ」と作曲者が同じみたいです、天才か。

 

3.坂本真綾/Be mine!

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the band apartとのコラボです(結局バンドじゃん)。

各小節に半音ずつ下がることで解決していく代理ドミナントを含んだコードが散りばめられおり、めちゃくちゃおしゃれな雰囲気が出ている曲です。

また、曲のペースをドラムが握っている感じがします。疾走感のある16分のビートを含む四つ打ちのAメロからBメロに移行するところの緩急なんかはグッときます。

 

4.内田真礼/ギミー!レボリューション

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シンコペーションが効果的に使われている曲ですね。メロディとギター、バスの連動にそれを見ることができるかと思います。特にサビ。

この楽曲はUNISON SQUARE GARDENのベースの田淵さんが作曲しています(これもバンドじゃん)。メジャースケールのメロディの曲なのに、サビ終わりの2小節にマイナーブルーススケールをもってきているところが、シュガーソングとビターステップを想起させますね。サビ終わりの2小節で遊ぶ感じで、「あ、この人が作った曲だ」ってわかる。オリオンをなぞるとかもそのパターンだし。

 

5.茅原実里/境界の彼方

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正統派オープニングってかんじの曲ですごい印象に残っています。アニメの内容は覚えていません。

サビ前の経過和音からドミナントモーションを引き伸ばしてセカンダリードミナントに進行して解決、そこからサビに入るところがすごい好みなんだと思う、王道だけど。ここは絶対ブリッジミュートしてタメを作るアレだよなって感じで・・・!

分数コードもうまく使っていてルート音がずっと順次進行なんですよね、多分。ドラムもすごい自然なノリでとにかく良い。

 

 

 

以上です。まあ小難しい話は置いといて・・・

アニメのOPやEDは飛ばさずにちゃんと聴こう。

僕の普段持ち歩いているiPodはアニソンのオフボーカルverがそのほとんどを占めています。普通に気持ち悪いよな。少しでも気持ち悪さを軽減するためにアートワークは全てまっしろのままにしています。

 

感動すること

 

これはエッセイみたいなもの

 

 

 

最近、といっても二ヶ月以上前なのですがズートピアという映画を見ました。

そもそも僕は映画を映画館で見ることをあまりしないので、今思えばこのこと自体が随分久しぶりのことだったのかもしれません。当然この日も地元にある映画館へ行ったのですが、"地元に映画館があるにも関わらずあまり行かない"ということはひょっとしたらすごく失礼なことなのかもしれないとチケットを購入しているときにふと思った事を、今こうして書いているうちに思い出しました。公開からしばらく経っているというのに席が思ったよりも埋まっている事に驚いたことを覚えています。それから、ディズニー・アニメーションということもあって小さい子供を連れた親子が多かったですね。

 

そんなわけで先に述べた通り僕はこの映画を見ました。そしてとても感動しました。

 

ここで内容については特に触れることはしないでおきます。映画の内容が気になる方は実際に映画を見てください。この映画の話を取り上げたのはただ単純に"僕がこの映画を見て感動した"という最近の体験談をひとつあげておくことで以下のちょっとしたお話をすんなりはじめられるからです。

 

この映画を見終えたとき、「21歳にもなってディズニー映画で感動するなんて」と僕は少し驚いていました。決してこの手の映画を"どうせ子供向けでありきたりなお涙頂戴ハッピーエンドの映像作品だろう"と斜に構えていたわけではありません。なんでしょうね、多分ですけれど、近頃感動するようなことがほとんどない、というところに、きまぐれで見たディズニー映画で大きく心を揺さぶられたことで、少し動揺していたんだと思います。

まあ、ディズニー映画の素晴らしさを知っている人がこのときの僕を見たら、「21歳にもなってディズニー映画で感動することに今更驚いているなんて」と皮肉を言うでしょうね。僕が言いたいのはまさにこれと似たようなことです。

 

僕は大学生になってから今日に至るまでずっと塾講師と家庭教師を続けてきました。

思春期真っ盛りの中学生・高校生を相手にするアルバイトです。

そこで最も痛感していることは、何か素晴らしい景色を見て感動すること、何か素晴らしい話を聞いて感動すること、こういった感動体験に直面したとき素直に感動することを「ださい」と認識している中学生を相手に、彼らを退屈させない面白い話をすることはすごく難しいということです。これは本当に、すごく難しいです。

自分が思春期だった頃を思い返してみてください。学校行事の一環で芸術鑑賞会というのに行くのは一般的でしょうか?僕は中学生の時も高校生の時もありました。ぼんやりとしか覚えていませんが高い金を払って劇団四季を見た"らしい"んです。寝ていたのかもしれませんし、会場を抜け出してどこかで時間を潰していたのかもしれません。とにかく、高い金を払って、この道十何年というプロが劇をしても、彼らを退屈させないことはできなかったりするんです。

もっと具体的で身近なことでもいいです。掃除当番をきちんとこなすこと、ラジオ体操をちゃんとやること、信号を守ること。こういったことを真面目にやるのを「ださい」と思ってしまう時期というのは必ずあります。誰しも通る道なので決して悪いことではないと思います。

ではそうしたことをちゃんとできるようになったのはいつだったか。

「ださくない」ということを教えてくれたのは誰だったか。

僕は正直よく覚えていません。というより、まだ心のどこかでこうした"思春期の残滓"とでもいうべき、「ださい」という発想が完全に抜けきっていないのかもしれません。素直に感動できる人、例えば映画やテレビドラマを見て号泣できる人を羨ましいと思ったりもします。

 

何が言いたいかというと、感動体験を「ださい」で消化してしまう期間はとにかく勿体無いということです。僕は身勝手なので、自分の教え子たちにできることなら、できるだけはやく、素直に感動することは「ださくない」と教えてあげたいとさえ思います。こういう時期に、どこか国内・海外に旅行へ行ったり、何か素晴らしい小説や映画に出会っても、ただただ勿体無いんです。大人になった時に、「ああ、もったいなかったなあ」と思い返すくらいしか使い道がなくなってしまうんです。

 

憶測というか、僕の勝手な想像ですけれど、人は感動することがないと知らないうちに思春期みたいなものに突入してしまうものなのかもしれません。僕が今回このズートピアという映画を見て感動したことに驚いたのは、それをどこかで「ださい」と思ってしまう感情が芽生えていたから、なのかもしれません。