ゆとりターミナル

始発から終点へのモーフィング

砂つぶ


砂つぶ


砂つぶが階段を一段一段登ってくる。夜になると、柔らかな足音を立てて、決して忍ばず、着実に、しかし不規則に登ってくる。やがて砂つぶは立ち止まるのだが、この頃合いもまた不規則である。一晩中登り続けることもあれば、二、三歩進んだところでその歩みを止めてしまうこともある。いずれにせよ、それはたしかに砂つぶであることは間違いないのだが、透明な中空の容器に入れられて、重力の法則に従い、垂直に落下する砂つぶではない。ましてや、公園の砂場に行けば余るほど満ち足りている、あの砂つぶでもない。この十二階建ての団地の中心に走る階段を一段一段登ってくる砂つぶである。

これに気づいたのは、思慮分別のある、かしこい大人たちではない。そうではなくて、二階に住む下品で無知な小娘であった。ある晩、みんなが眠りについた夜更けに、その小娘はそれに気づいた。しばらくするうちにどうにも抑えきれず、一階の大家の家の呼び鈴を鳴らした。大家は「こんな夜更けに呼び鈴を鳴らすなんて、一体どれほど非常識な人間が今、扉の向こうにいるのだろう。出てやるものか。」と憤ったが、その後で「何か特別な事情があるのかもしれない」という考えに至り、結局玄関の鍵を開けた。
「夜遅くにすみません、砂つぶが階段を登る音が聞こえるのです。」
「…気でも狂ったのか?さては、酒に酔っているのか?まったく…」
大家は忌々しそうに言った。
「いえ、そうではなくて…」
「そもそもこんな夜遅くに何をしていたんだ。さては、盗みを働いていたな?以前から閉めたはずの酒樽の蓋が不自然に開いていたんだ!上階に住む何人かも、瓶の中のぶどう酒が朝になると減っていたと言っていた!」
そこまで言うと、小娘の姿はもうそこには無かった。大家はいい加減、あの下女をいつこの団地から追い出そうか、ということを考え始めていた。ひどく腹を立てて終いには呆れ、しかし、そうは言っても数十分も経てば好奇心に負けて、玄関の扉に耳を押し当てた。

下女の戯言であった。しかし、そうだとしても退屈した住民の興味を駆り立てるには十分であった。瞬く間にその噂は広まり、今や、夜の帳が下りると、暗がりの中で、たくさんの耳が、峙つのだった。

夜になると砂つぶが階段を登りはじめる。これといった法則はないようで、歩みを始める時間、歩みを終える時間、歩みを進めるスピードなどは、日によって異なるらしい。歩みを進めるスピードが極端に早い日には、その柔らかい足音の正体がついには戸口を叩くのではないかと、住民たちの鼓動はよりいっそうはやくなった。そして何事もなく朝を迎えると、やはり大丈夫であった、などと口々に言うのである。足音が止んで朝日が昇ると、途端に人々は獰猛になる。数時間前までは些細な足音に怯えていたとしてもだ。
ある日、私は階段を注意深く観察してみたが、砂つぶが登ったような痕跡は残っていなかった。いや、わずかに砂つぶは落ちているのだが、それはここの住民の蹠が持ち込んだものであると考えるべきであり、階段に砂つぶが落ちているなどということは至極当然である。
また、二階に住む者は安堵していることを私は知っている。みんながその砂つぶを意識し始めてから二週間が経ったのだが、もうその足音は二階を通り越したようなのだ。二階に住む者たちは、まるで大きな困難を乗り越えたかのような達成感すら覚えていた。しかし、砂つぶが毎夜一階から異なるスピードで階段を登っているのか、前日のものを引き継いで途中から登りはじめるのか、誰も知らなかった。
最初のうちは七階に住む私のところへ足音は全く聞こえてこなかった。しかし三日前から砂つぶが階段を登る音が聞こえるようになったのである。
二階に住む者たちの見立てはやはり正しかったのだろうか?彼らは、自分たちはこのことについて、はじめから無関係であったかのような態度で、穏やかな日々を再開している。昨夜までの狼狽が嘘のようである。
そういえば、階段から離れた部屋に住む者は幸福なのだろうか?いや、決してそんなことはない。階段の踊り場から遠い、奥まった部屋で寝ていても、何の役にも立たなかった。むしろ音がするかどうかと疑いながら夜を過ごすよりも、それが聞こえる方がましだった。奥まった部屋に住む者は夜になると、時折そっと廊下を忍んで行って、寒い限界の扉に耳を押し当てて、息を押し殺して、聞き耳を立てるのだ。もしその音が聞こえると、曰く言い難い恐怖にとらわれて、もうそこを離れることはできない。だが、もしなんの物音も聞こえないと、いっそう具合が悪かった。その場合には、寝床に戻ったその瞬間にその音が始まるかも知れないからである。

しかしなんと異様な夜の一部始終だろう。誰かに不平不満を言うことも、何か手立てを講じる術も、安らかに眠るための陽気な解釈をすることもできないのである。ただ夜の暗闇の中でじっと耐えているしかない。あまりにも馬鹿馬鹿しいことなので、このことについて誰かに相談を持ちかけることすら憚られる。そんな状況になっても尚、かしこい大人たちは考える。苛立ちながらも自問自答する。
-毎夜、階段を彷徨くこの砂つぶは一体なんなんだろうか。みんなはそれを砂つぶと呼んでいるが、何か別のものを例えているのではないだろうか。
例えば、それは死か何かではないだろうか?砂といえば、砂漠を連想する人もいるだろう。思えばこの理不尽な状況は、死の恐怖とよく似ているではないか。
もしくは時間か何かだろうか?砂といえば、砂時計を連想する人もいるだろう。毎夜過ぎ行く歳月でも象徴しているのだろうか。
はたまた、幻か何かだろうか?風に吹かれれば消えてしまうような何か…。
しかし、恐らく、どれでもないのだ。それは紛れもなくただの砂つぶなのだ。しかし、だからこそ、人はその砂つぶだということだけがわかっている何かに恐怖するのである。




あとがき

大人と子供の区別はとても難しいものだとは思いますが、くだらないことや些細なものに理由を求めるようになったら立派な大人だと思ったので、このようなものを書きました。
言葉選びや推敲が甘いかもしれません…。